雑記

雑な記録。略して雑記。

伊藤計劃『虐殺器官』

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

名前からしておどろおどろしい雰囲気を醸している。中身も名前に負けず劣らず凄まじい。



読んでいる最中に感じたのは教訓めいた話が多いということだった。歴史、自由、啓蒙、意識などといった抽象的なテーマについて登場人物の思考や会話を通じて語られる。

「歴史とは、さまざまな言説がその伝播を競い合う闘技場であり、言説とはすなわち主観だ。そのコロセウムにおいて勝者の書いた歴史が通りやすいのは事実であるが、そこには弱者や敗者の歴史だってじゅうぶんに入り込む余地がある。世界で勝者となることと、歴史で勝者となることは、往々にして別なこともあるのだ」(p. 44)

「自由はバランスの問題だ。純粋な、それ自体独立して存在する自由などありはしない」(p.134)
「啓蒙それ自体は、誰かの側からの独善的な啓蒙でしかない」(p. 180)

「人は、選択することができるもの。過去とか、遺伝子とか、どんな先行条件があったとしても。人が自由だというのは、みずから選んで自由を捨てることができるからなの。自分のために、誰かのために、してはいけないこと、しなければならないことを選べるからなのよ」(p. 208)

「眠りと覚醒のあいだにも、約二十の亜段階が存在します。意識、ここにいるわたしという自我は、常に一定のレベルを保っているわけではないのです。あるモジュールが機能し、あるモジュールはスリープする。スリープしたモジュールがうっかり呼び出しに応答しない場合だってある。物忘れや記憶の混乱はそのわかりやすい例ですしアルコールやドラッグによる酩酊状態もまた、その一種です。こうして話しているいまだって、わたしやあなたの意識というのは一定の……こういってよければ、クオリティを保っているわけではない。わたしやあなたは、たえず薄まったり濃くなったりしているのです」(p. 261)



最近はこうした真剣な殺し合いのある作品に接していなかったから、ショックが大きい。単純に、人が銃殺される様をリアルに描かれるだけで、消耗する。そのことに気付けただけでも収穫だった。


一言で感想を表すなら、破滅的な結末だけれども、物語としてはよくできている。シェパード大尉の罪と罰と、ジョン・ポールの謎が最後にうまく回収される。随所に著者の教養が滲み出ていて、それでいて見せびらかしているとは感じさせられない。



ただ、冒頭から地獄絵図が描かれていて、自分のように残酷描写に耐性がない人間には疲れる。シェパード大尉の自分語りも人によっては苦手かもしれない。



よくできた小説だと思う一方で、推薦するには相手を選ぶ。そんな一作だった。