雑記

雑な記録。略して雑記。

大平健『やさしさの精神病理』

 

やさしさの精神病理 (岩波新書)

やさしさの精神病理 (岩波新書)

 

席を譲らない“やさしさ”,好きでなくても結婚してあげる“やさしさ”,黙りこんで返事をしない“やさしさ”…….今,従来にない独特な意味のやさしさを自然なことと感じる若者が増えている.悩みをかかえて精神科を訪れる患者たちを通し,“やさしい関係”にひたすらこだわる現代の若者の心をよみとき,時代の側面に光をあてる

 

こちらの説明だけ読むとつい最近の書籍のように思えますが、いざ発売日に目をやるとなんと1995年9月20日とあります。それほど前に相手の気持ちに立ち入らない“やさしさ”についてこれほど分析されていたとは驚くほかありません。

 

 

しかも具体例が滅法面白い。親の面子を保つために1万円のおこづかいを受け取るにもかかわらず塾代を出してもらうのは申し訳ないという女子高生に始まり、弁護士へのレールを整備されていながら自分探しに走ってしまう青年に終わる多種多様な人々の物語は読む者を飽きさせません。精神科医という職業を存分に活かして「事実は小説より奇なり」を地でいっております(とはいえ、患者が特定されないよう細部に変更が加えられているようです)。豊富なエピソードから新しい“やさしさ”について具体的に考察しており、説得力に満ち満ちています。

 

 

ただ、新しい 気持ちに立ち入らない ウォームな“やさしさ”と旧来の 気持ちに立ち入る ホットな「やさしさ」について、終始後者に軍配を上げていたのは首を傾げます。確かにウォームな“やさしさ”は核心に踏み入らないことで自己も他者も空虚にしてしまうきらいはありますが、ホットな「やさしさ」で自他の身を焦がしてしまうこともあるのではないでしょうか。ウォームとホットを場面場面で使い分けるのが良いのではないかなあと愚考しましたが、しかしそのような穏当な主張ではあまり本として面白くないのかもしれません。

 

 

この模糊とした文章からも分かるように自分はウォームに偏るきらいがありますので、もう少しホットな「やさしさ」も身に付けたいものです。