読書記録

読んだ本の内容を思い出せないことが増えてきたので、何でもいいから記録を残すことにしました。ネタバレもありますのでご注意ください。

宮部みゆき『火車』

 

火車 (新潮文庫)

火車 (新潮文庫)

 

 

新潮文庫にして、およそ700頁弱。中々の長編である。

しかし二転三転する展開は読者を次の頁へ次の頁へと導いてくれる。私はこれまで全く宮部みゆき作品を読んだことがなかったが、例によってスローペースではあったものの、ぐいぐい読まされた。

この作品はフィクションではあるものの、とことん現実的である。カード社会という題材もそうだけれど、その題材の料理の仕方も「あんなプラスチックのカードが生む幻などに騙されてはならぬ」といった単純なものではない。善悪はともかく、カードは一大産業となっている。一度走り出した以上、止めることはできない。自動車のように。しかし、そこで事故を起こした人を、全て自己責任としてしまうのもまた違う。誰でもふとしたはずみに事故を起こしうる。他人事ではないのだということが、作品を読むとひしひしと分かる。

私は本作を二度別の方から推薦されているが、確かに本作は他人にオススメしたくなる作品である。物語として面白いのはもちろん、勉強にもなる。安心して推せる一作である。

石川雅之『もやしもん』、重松清『疾走』

 

続き物を読み返すのは北方水滸伝とS&Mシリーズだけで収まるだろうと思っていたら、第三弾のもやしもんが出てきました。

最初に読んだ時、私は大学生でした。その時は詰め込まれている情報量の多さに驚いた記憶があります。樹教授の長台詞も凄いが、絵が細部まで描き込まれており、図解も作者がどれほど勉強し、読者に分かりやすく伝えようとしたかがひしひしと感じられます。些かボリュームが壮大すぎて消化不良ではありましたが、作者の力量にただただ感心しました。

一方、社会人になった現在では、むしろ沢木たちの毎日がお祭りのような大学生活に郷愁とも嫉妬ともつかぬ気持ちを覚えます。以前に引用しました『結物語』の阿良々木の台詞を忘れたわけではありませんが、それでも授業をサボろうと友人と前後不覚に陥るまで飲み明かそうと徹夜で勉強しようと何をしても許されたあの時代はもう帰ってきません。原則平日は出勤し、酒もほどほど、勉強するにせよ仕事に影響を出しては労働者失格です。自由でないとは言いません。むしろ己の意思でコントロールする事柄は歳を重ねるにつれ増えており、大学生の頃のほうが振り回されることは多かったです。でも得るものもあれば失うものもある。当たり前ですが、読みながらそうしたことを強く感じました。

とはいえ、まだまだヒヨっ子なので、沢木から独立しようとした蛍のように、父親と日本酒と真剣に向かい合った円のように、七転八倒しながらごちゃごちゃ考えたり行動したりしていきたいものです。

アリャ ワシから見りゃ 60にもなっとらん ただの小僧よ

 

30どころか 40になっても 一緒だぞ

こんなオヤジでも 上からは ガキ扱いだよ

お前ら位の歳なら 子供ぶる事も 出来るが オッサンは 逃げ場無しだよ

 

疾走

疾走

 

一生を駆け抜けた少年の人生を二人称で語った話です。

なぜ二人称なのか。それは最後まで読むと分かります。

最後は綺麗にまとめられていますが、振り返ると悲惨としか言いようがありません。しかし、悲惨を極める中でも、少年は救いを見出そうとします。どれだけ酷い目にあっても、にんげんを信じようとします。絶望せず、葛藤します。からから、からっぽになってしまえば、にんげんを、言葉を、何もかもを信じず、ただただ絶望していれば、きっと楽でしょう。しかし、少年は最後まで放り出しませんでした。

とある人に「私のバイブル」と紹介されて読みましたが、確かにその呼称にふさわしい一作でした。

 

誰か一緒に生きてください 

 

「イミテーション・ゲーム」

 

 

映画は暫く御免だと以前に申し上げたが、音と光が激しくなければ大丈夫であるはずだと信じ、「イミテーション・ゲーム」を観た。信じる者は救われるとの格言どおり、今回はそれほど頭痛に襲われることもなく視聴できた。

 

ぱっと思いつくこの作品のテーマは3つあり、天才、戦争、同性愛である。そしてそのいずれもが主人公アラン・チューリングを孤独に追いやっていく。輝かしい才能は周囲の無理解に晒され、より多くの命を救うためとはいえ、数多の無辜の命を見殺しにすることを余儀なくされ、本来自由であるはずの性的嗜好により法で裁かれた。その様子が過去と未来を行き来しながら描かれていく。チューリング自身は常に救いを求めているにもかかわらず、どうにもならない。確かに、チューリングは偉業を成し遂げた。同性愛も死後恩赦され、その学問的、社会的功績は誰もが認めるところとなった。しかし、全ては終わった後のことである。

 

ところで、振り返ってみて気になるのはチューリングの家族についてである。映画ではチューリングはずっと天涯孤独であり、家族は一切出てこない。伝記を読んだらそのあたりのことも分かるのだろうか。

 

エニグマ アラン・チューリング伝 上

エニグマ アラン・チューリング伝 上

 

 

エニグマ アラン・チューリング伝 下

エニグマ アラン・チューリング伝 下

 

 

佐藤優『人に強くなる極意』、森博嗣『夢の叶え方を知っていますか?』

どうにもこうにも調子が出ない。

そういうこともあります。

そんな時、生活リズムを整えるとか栄養バランスの良い食事を摂るとかそういった正攻法もあります。が、たまには奇をてらって新書、しかもハウツー本を読むという気分転換を図るのもありかなと。

というわけで、今回はたまたま家にあった新書と本屋で目についたハウツー本新書をご紹介します。

 

8つの「ない」から人に強くなろうという本です。

怒らない、びびらない、飾らない、侮らない、断らない、お金に振り回されない、あきらめない、先送りしない。

当然と言えば当然のことが書いてありますが、不調というのは当然のことができなくなることを言いますので、そういった意味では良いチョイスでした。

 

内容は題名のとおり、夢の叶え方について。

これまた当たり前と言えば当たり前なのですが、夢というのは自分のものであって、そこに他人を介入させては他人の夢になってしまいます。

そういうことをよくよく分からせてくれるので、他人に流されやすい方が読むといいかもしれません。

渡辺ペコ『にこたま』、西尾維新『結物語』

 

さよならだけが人生だ。そんなフレーズがあります。

私の知る限り不老不死の人間はいませんので、いずれ誰でも死という終着点に至り、この世の縁とはおさらばします。その意味でこのフレーズは正しい。仲が良かろうと悪かろうと、疎遠だろうと身近だろうと、最終的にはバイバイが待っています。

しかしながら、生きているその間においては、別れもあれば出会いもあります。人生という大きな括りでは別離に集約されてしまいますが、括ってしまうまでの道中には幾多の結びつきの生成消滅があるでしょう。一度別れた人と再び付き合うこともあれば、その再び付き合った人と別れてしまうこともあります。

それを諸行無常と悟れれば楽なのでしょうが、なかなかそううまくはいきません。

 

にこたま コミック 全5巻完結セット (モーニングKC)

にこたま コミック 全5巻完結セット (モーニングKC)

 

こちらは友人の恋人さんに紹介していただきました。

どうしても私は「にこたま」と言うととある駅名を思い浮かべずにはいられないのですが、どうも世間では違うようです。

それはさておき、こちらの『にこたま』は、「長年うまくやってきたカップルの片割れがやらかしてしまい、はてさてどうする」というお話。

理性と感情のすれ違いが上手に描かれており、冷静に振り返ると話の展開はかなりぶっ飛んでいるのですが、読んでいる最中は自然な進行に思えます。人生と同じですね。

(以下、浮気されてしまったあっちゃんとその女友達の会話)

人の心ってそもそも自由なものだよね?

あたしたちは自由な意思と選択によって一緒にいるけど

別に契約や約束をしたわけじゃないし

あたしが怒ったり妨げたりする権利ってそもそもないんだよなあって

 

でもあっちゃんかなしくなかった?

 

……かなしかったよ

 

一緒にいる大事な相手を

不愉快にさせたり悲しませないっていうのはルールじゃなくてマナーとモラルだよ

約束や契約がなくても信頼があるならそれ破っちゃダメだよ

 

結物語 (講談社BOX)

結物語 (講談社BOX)

 

不老不死の人間はいませんと冒頭で宣言しておきながら、こちらの作品には不老不死の人間ではありませんがそちらに近い存在が出てきます。

しかしよく考えると不老不死であろうと周りが不老不死でなければ周りが死んでしまって結末は変わりません。自分が残されるか周りが残されるかが変わるだけです。

全く作品にも何も関係ない思考を吐露したところで、『結物語』に話を転じますと、こちらはまさに出会いと別れの物語です。阿良々木暦くんが新しいキャラクターと親睦を深める一方で、旧交を温めたり冷やしたりしています。私の認識では結びとは終息に通ずるものでしたが、終わる気配がないどころか新しいシーズンが始まることとなってしまいました。

無論ここで読むのも買うのもやめてしまうのは私の自由ですが、そしてそれが理性の訴えるところですが、風呂敷を広げられたところで立ち去るのを潔しとしない思いもあります。ままならないものです。

(以下、阿良々木暦くんの熱い台詞です)

大人になるのがつまらないとか、言ってられないだろ。臥煙さんも忍野も、伸び伸び生きてたじゃねえか  まあ、あの辺は例外だとしても、大人になるのは、基本的には楽しいことだ。風説課の人達を見ても、直江津署全体を見ても、それはそう思う。高校時代は楽しかった。今も楽しい。嫌なことは昔と同じで今もある。だけど解決してみせる。それでいいだろ

 

うめざわしゅん『パンティストッキングのような空の下』、伊坂光太郎『砂漠』

 

パンティストッキングのような空の下

パンティストッキングのような空の下

 

 

身も蓋もないような、考えさせられるような。そんな作品です。

特に「唯一者たち」の最後の方のやりとりが印象に残っています。

高校生の時に幼女に暴行未遂を起こし、10年越しにその幼女に謝ろうとしたものの、「絶対に許さない」という返事をされた主人公(洋一)が吐く台詞が以下のとおり。

苦しい…苦しい…

でもコレは…

あの子の苦しみとは関係なくて…

自分がそんなことをした人間で…この先もそうだってことが…苦しい

こうやって結局自分の苦しみしか苦しめないことが苦しい…

ずっと…ずっと…

なんで俺はこんななのか…なんで俺だけが…

なんで…

なんで俺は…生まれてきたのか…

 それに対する、謝るよう働きかけたルイという女の子の返事が以下。

私は生きてるのがすごく楽しい

冬は寒いけどたくさん服を選んで着れるし 近くにできたケーキ屋は大当たりだし もうすぐハンターハンター連載再開するし…川上さん(※ルイの恋人)は超優しいし…

将来は結婚して子供は二人で犬も飼って…

って欲張りすぎ?そんなうまくいかないよね!

でも そうねーあとはあんまり痛くなく死ねればいいかなァ

とにかく!私の人生超すばらしいよ!

でも…

生まれてこないで済んだなら それが一番良かったな

 誰だってそうじゃない?みんな自分だけが自分なんだから

 「私」という業を人間は生まれながらに背負っているのだということがよく分かります。でも分かったところでどうするのでしょう。よく分かりません。

 

 

砂漠 (新潮文庫)

砂漠 (新潮文庫)

 

 

高校の後輩に薦められて読みました。

一言でまとめるのであれば、大学生5人が砂漠に足を踏み出す前の青春を描いた作品です。その5人の中でも、西嶋くんが群を抜いて面白い。

そうやって距離を空けて、自分たちさえ良ければいいや、そこそこ普通の人生を、なんてね、そんな生き方が良いわけないでしょうに。ニーチェも言ってたじゃないですか。『死にもの狂いの剣士と、満足した豚からも等距離に離れていたところで、そんなのはただの凡庸じゃねえか』ってね

 

『人間とは、自分と関係のない不幸な出来事に、くよくよすることだ!』

 

あのね、目の前の人間を救えない人が、もっとでかいことで助けられるわけないじゃないですか。歴史なんて糞食らえですよ。目の前の危機を救えばいいじゃないですか。今、目の前で泣いてる人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ 

前半の百数十頁だけでこの調子です。これが面白くないわけがない。

とはいえ、西嶋くんだけではなく、他の4人もそれぞれ時が過ぎる中で変わっていくので、そちらもまた興味深いです。

私はもう砂漠にずぶずぶ嵌っていますが、ちったあもがいてやろうかなという気持ちになれました。

 

 

あ、ちなみに今回のテーマは「パンク」です。「これが現実だよ」とかしたり顔で言う大人になってはいけません。現実を殴っていきましょう。

北方謙三『水滸伝』、森博嗣『すべてがFになる』

埋没するのは容易く脱出するのは難しい。

それがシリーズ物である。まるで麻薬のようだ。

2017年は手を広げようと思っていたが、年末から2つのシリーズ物に迂闊にも手を出してしまったせいで、そちらの片が付くまで他に取りかかれそうにない。

 

一つ目は、北方水滸伝である。高校生か大学生のときに一度通読したものの、また読みたくなって手を出してしまった。たぶんモヤモヤしたものを吹っ飛ばしたくなり、こういう熱い物語を読みたくなったのだろう。年末は何かと過去を振り返ってしまうから。

19巻と長くはあるが、1巻1巻はさほど重くないので、するする読める。そこがまた憎い。手が止まらないのだ。

おまえがまずやることは、旅をしながら体力を回復することだ。それから、心の傷を内側に閉じこめておけるようになることだ。冷たい言い方かもしれぬが。

魯智深が奥方を亡くした林冲に放った台詞である。あるいは悲しみ一般に当てはまることかもしれない。)

 

すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

 

 二つ目は森博嗣のS&Mシリーズである。こちらは『喜嶋先生の静かな世界』を読んで、また森博嗣の作品を読みたくなったというのが籠絡されたきっかけである。北方水滸伝とは異なり熱い物語ではないけれど、どこか純粋であるという点では似ている。

こちらは10巻だが、北方水滸伝より1巻1巻が重いので、なんだかんだ同じくらいのタイミングで読了しそうな予感がしている。

意味のないジョークが、最高なんだ。

この犀川先生の思想には大いに共感するところがある。ジョークたるもの空虚であるべし。

 

 

よくよく考えると、こちらが2017年最初の記事だった。今年もよろしくお願いします。